2026年9月23日 秋季彼岸会

勝養寺の秋のお彼岸
9月23日に勝養寺の秋のお彼岸(秋季彼岸会)が厳修されました。
彼岸は春秋の季節に行われる行事で、
日本独自の儀式と伝えられます。
農耕民族と仏教思想、天文学が習合した儀式がこのお彼岸であり、
一般的には「先祖供養」や「お墓参り」をする行事を認識されています。
勝養寺住職の法話

この日も当山住職の法話からはじまり、法会が開始しました。
ご先祖様を供養する意味
ご先祖様を拝み、法事やお彼岸などの機会にお寺へ足を運ぶことは、単にご先祖様のためだけではなく、自分自身の生き方や心を振り返る時間でもあります。
半年、一年という時間を過ごす中で、自分がどのように生きてきたのか、誰かを傷つけるようなことはなかったか、知らず知らずのうちに積み重ねてしまったものはないかを振り返りましょう。
そのために、ご先祖様の前で手を合わせ、懺悔し、また新たな気持ちで日々を過ごしていくことが大切です。
「嘘」や「罪」について考える
人は生きていく中で、すべてを正直に言えばよいというわけではなく、人を思いやるためにつく嘘や、相手を傷つけないための方便もあります。
しかし、それでも嘘は嘘であり、その言葉によって誰かを傷つけている可能性もあり、
自分では気づかないうちに、さまざまな「罪」を積み重ねてしまっていることもある。
だからこそ、法事やお寺でのお参りを通して、自分自身の行いを振り返り、懺悔することに意味があるのです。
悪いものを溜め込まない
人間には、妬みや嫉妬、やっかみなど、さまざまな感情がある。
家や人が栄えていくと、周囲から妬まれることもあり、そうしたものが少しずつ積み重なっていきます。
それは、例えるならガスが少しずつ溜まっていくようなもので、溜まり続ければ、いつか大きな問題として「爆発」を引き起こします。
だからこそ、日頃から自分自身を振り返り、悪いものを溜め込まないことが大切なのです。
法事やお寺参りは、そうした心の中に溜まったものを一度外へ出し、整理する機会もあるのです。
身体も心も、日頃の積み重ねが大切
人の身体にも、人生の中で調子を崩しやすい時期があります。
若いうちは健康であることを当たり前に感じてしまうが、年齢を重ねると、健康でいられることが決して当たり前ではないと気づきます。
私自身も60歳を目前にして、これまで大きな入院もせず過ごしてこられたことを、親やご先祖様のおかげであり、ありがたいことだと振り返っております。
だからこそ、若いうちから自分の身体や心を大切にし、日頃から善い行いを積み重ねることが大切なのです。
日々のお勤めを大切にする
本来は、毎日家でお勤めをすることが基本です。
しかし、仕事や生活の中で、毎日欠かさずにお勤めを行うことが難しい日もあります。
だからこそ、完璧にできないからと諦めるのではなく、できる範囲で続けることが大切です。
例えば、毎日少しの時間でもお経を唱えたり、光明真言を唱えたりする。
長時間行う必要はなく、短い時間でも、日々続けることに意味があるのです。
家族が真言と唱えることが大切

途中で、参加者全員で光明真言をお唱えしました。
光明真言は「滅罪(めつざい)」の真言であり、
先祖供養にとても利益があります。
その真言をご家族が唱えることは最も重要であり、意味のあることなのです。
最後に全員で焼香して法会はつつがなく行われました。
勝養寺の行事・イベント
勝養寺では毎月の写経教室や大人寺子屋など行事や勉強会を実施しております。
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